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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1306号 判決 1978年9月21日

上告人・附帯被上告人

日興工事株式会社

右代表者

藤本忠治

右訴訟代理人

山本孝

被上告人・附帯上告人

青田吉弘

右訴訟代理人

鈴木栄二郎

外二名

主文

本件上告及び附帯上告を棄却する。

上告費用は上告人の、附帯上告費用は、附帯上告人の各負担とする。

理由

上告代理人山本孝の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

請負契約の目的物に瑕疵がある場合、注文者の請負人に対する瑕疵修補又はこれに代る損害賠償の請求権は、民法六三七条ないしは六三八条の期間内にある限り注文者が目的物の引渡を受けたのちもこれを行使することができ、注文者が目的物の引渡を受けた当時瑕疵修補の請求をしなかつたことから直ちに右請求権を放棄したものと解するのは相当でなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

本件記録によれば、被上告人は上告人主張の請求権が認められることを条件として予備的に相殺の主張をしており、所論の点に関する原審の判断に民訴法一八六条の違反はない。論旨は、採用することができない。

同第五点について

請負契約における注文者の工事代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであり、瑕疵める目的物の引渡を受けた注文者が請負人に対し取得する瑕疵修補に代る損害賠償請求権は、右法律関係を前提とするもので、実質的・経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するのであつて(最高裁昭和五〇年(オ)第四八五号同五一年三月四日第一小法廷判決・民集三〇巻二号四八頁参照)、しかも、請負人の注文者に対する工事代金債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代る損害賠償債権は、ともに同一の原因関係に基づく金銭債権である、以上のような実質関係に着目すると、右両債権は同時履行の関係にある(民法六三四条二項)とはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず、両債権のあいだで相殺を認めても、相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならないものと解される。むしろ、このような場合には、相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明ならしめるゆえんでもある。この理は、相殺に供される自働債権と受働債権の金額に差異があることにより異なるものではない。したがつて、本件工事代金債権と瑕疵修補に代る損害賠償債権とは、その対当額による相殺を認めるのが相当であり、右と同旨の原判決は正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

附帯上告代理人鈴木栄二郎、同松山正、同安藤壽朗の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨 戸田弘)

上告代理人山本孝の上告理由

上告理由第一、二、三、四点<省略>

上告理由第五点 原判決には民訴法三九四条、民法六三四条、五〇五条違背があり、判決主文に影響を及ぼすこと明らかである。

一、先づ民法六三四条二項の適用に関し、本件には次のとおりの事情がある。

本件工事の引渡は、上告人がこれを為したのではなく、被上告人が昭和四三年(ヨ)第六二五四号引渡断行仮処分命令に基き、同年六月一九日一方的に執行しその占有を取得したものであること当事者間に争いがない(乙一二号証仮処分決定正本。被上告人の訴状3丁裏9行、同昭和44.11.22付答弁書3丁表9行)。

そのため右日時以降は上告人としてはその現場に一歩たりとも立入ることはできないので、

その当時存在した瑕疵がたとえあつたとしても、その「修補は不能」である。従つて又、修補に代わる損害賠償額の査定立会いも不能である。若しこれを行えば右仮処分命令に背くことになる。

次に被上告人は同年同月二九日一方的に同年(ヨ)第六六四四号債権仮差押命令の執行を為し、上告人の預金債権合計金百万円を押えた。その被保全権利は金三二八万九千円である(乙二〇号証の一・仮差押決定正本。被上告人の訴状6丁裏12行、上告人の新訴の訴状5丁11行)。これ亦当事者間に争いがない。

そのため右日時以降上告人は預金の使用を妨げられ、この仮差押を解放するために尚更多経の現金を要し、事実上被上告人に百万円の金員を取られたに等しい状態となつた。

金利の差が存在する。即ち、上告人の債権に伴う金利は被上告人の債権に伴う金利よりも大である。上告人の本件工事残代金債権については日歩一〇銭の遅延損害金の約定があり(成立に争いのない甲一号証の二、約款二五条(2))、第一審判決(2丁表3行・14丁裏9行及び30丁裏4行)もこれを是認して、右約定の範囲内の年三割の遅延損害金の支払を命じた。

これは右工事代金債権が他の債権が伴ういわゆる法定金利(5%又は6%)よりも、より強く履行されるべきことを当事者間で特約したことを法が是認する趣旨である。それ故双方の債務が同時履行の関係に立つか否か、即ち、民法六三四条二項の適用に当り右事情を考慮されるべきである(同法条は五三三条を「適用ス」といわず「準用ス」と言つている。)

二、原判決は、当事者双方の債権が同時履行の関係のあることを是認したうえ、一般的(原則的)に相殺は許されないが、清算的簡略化・当事者の意思の解釈・公平の観念などの理由を挙示して特別に(例外的に)、本件に相殺を許した(15丁裏7行)。しかし、原判決がいみじくも右に示した当事者の意思の解釈・公平の観念からみるときは、前述一のの三個の事情は、同時履行の抗弁権と相並ぶ一種の抗弁であると解すべきで、かかる事情のある、即ちかかる抗弁権が自働債権に附着している本件に於いては相殺は正に許されないと解すべきである。けだしこれら抗弁を失うことにより、請負人たる上告人の利益が不当に害されるからである。

三、右の点に関し判例・学説を引用する。

(1) 《大判昭和5.10.24民集9・1049》は次のように言う。

「債権ニ抗弁権附着スルモ債権其ノモノノ存在ヲ否定スルモノニ非ザルヲ以テ一見コレヲ以テ相殺ノ用ニスルモ何等妨ケナキカ如シト雖モ相殺ハ一方的意思表示ニ依リテ行ハルルモノナルヲ以テ、相殺ノ用ニ供スルコトヲ得ヘシトセンカ相手方ハ抗弁権ヲ提出スルノ機会ナク従ツテ故ナク抗弁権ヲ剥奪セラルル結果ヲ招来スルニ至ルヘキヲ以テ抗弁権ノ附着シタル債権ヲ自働債権トシテ相殺ヲ為スコトハ債権ノ性質上之ヲ許サザルモノト解スルヲ相当トス」

(2) 《我妻・新訂債権総論三四一頁》は次のように言う。

「自働債権について、その債権者が自由に処分することができない事情があるときは、これを相殺の用に供することはできない。民法に直接の明文はないが次の場合はこれに該当する。即ち、自働債権に抗弁権がついているとき、例えば相手が同時履行の抗弁権を有するとき(大判昭和13.3.1)、催告・検索の抗弁権を有するものであるとき(最判昭和32.2.22)などには相殺はできない。けだしこれを許すと相手方は理由なく抗弁権を失うことになるからである(通説・ドイツ民法三九〇条は明文で定める)。」なお、有斐閣・現代外国法典双書(2)ドイツ民法(Ⅱ)二七三頁ご参照。

以上いずれの点よりも原判決は破棄されるべきものと思料する。

附帯上告代理人鈴木栄二郎、同松山正、同安藤壽朗の上告理由<省略>

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